「エプロンをかけためんどり」「アンジュール」そして「おおきな木」/私の大切な童話たち
「エプロンをかけためんどり」「アンジュール」そして「おおきな木」。私はこの三つのお話を、妹と弟には読ませていない。いまの仕事を始める前から、まだ読ませない方がいいって、漠然と思っていた。
安房直子さんの「エプロンをかけためんどり」は幼い三人の子に心を残しながら天に召されたお母さんにかわいがられためんどりが、お母さんの心を少しでも継ぎたいと思って、エプロンをかけてその家庭にやってくる。お父さんも重宝がって、家事一切をそのめんどりに任せる。いつしか子どもたちはすっかりめんどりになつくのだけど、お父さんはそれがだんだん嫌になってきて、新しい奥さんを迎えようって事になる。めんどりはいそいそと、その婚礼の準備をしているんだけど・・・・。思いもよらない、いえいえ、約束された結末がそこにある。
ガブリエル・バンサン の「アンジュール」は、姿さえ見えない手につかまれた犬が、車の窓から投げ捨てられるシーンから始まる。それでも犬は、追っ掛けて追っ掛けて、必死で走って、見えなくなってゆく車を、ただただ見つめている。普通の童話なら、波瀾万丈の冒険があって、劇的な再会があって、そして幸せな結末が描かれるんだけど、このお話はそうではない。出会いはあるけど、それは・・・・。
「おおきな木」はこの3つの物語の中では、一番知られているかも知れない。「ぼくを探して」から「ビッグ・オーとの出会い」の倉橋由美子さん訳の三部作で有名なシェル・シルヴァスタインの作品だ。この物語は読むときの、自分の心と立っている場所で色んな表情を見せて、違った印象を私にくれる。それぞれのシーンで繰り返され、印象深いラストでも繰り返される「それでも木は幸せだった」っていう言葉は、形は違うけどいつも心に入ってくる。
あらすじを全部書いてしまいたい気もするけれど、それぞれのお話は、私の心に映った姿でしかなくて、きっと書いてしまったらその本のほんとの姿からは離れてしまうような気がしている。
物語は必ずしも幸せな結末だとは限らない。どんなに頑張っても報われないことはいくらでもあるし、愛したから、つくしたからといって、感謝さえされない事の方が多いかも知れない。
「どうして上手くいかないの?」って叫びたくなる時、私はこの三冊の本を読み返す。
最初に読んだ時は、どれも哀しいお話だと思った。でも今は違う。
妹と弟は、一年と少しの時が過ぎて、やっと笑えるようになった。他愛無い事で喜び、悲しみ、そして怒ることだって出来る。.
4年以上の日々が流れた今は、どこかに翳りは残ってはいるけれど、父がもうこの世に居なくて、母が心を病んで病院で離れて暮らすことが日常となり、年齢相応の悩みや希望を抱いて暮らしている。もうこの三作の童話を読んだだけで、何かが変わるような年では無くなったけれど、もうすこし、ハッピーエンドを信じていて欲しい。そして幸せになってほしい。
私にとってのこの3つのお話は、大人になる扉になった気がするし、今の風俗という仕事をしてゆける、大きな支えになっている。
妹と弟には、できるだけ長く、その年齢らしい暮らしを続けてほしい。私はリバーシブルな暮らしをしているけど、父さんが残してくれた3つだけの命なんだから、当分急いで大人になるのは、私だけでいい気がしている。
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(2002年6月30日初出。2004年11月9日改稿)
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